2003年
● 2月の見て・歩いて・考えて
安田邸公開   2月22日(土)
たてもの応援団の主催による安田邸の公開に行ってきました。何度とあった公開ですが機会がなく廷内に入ったのは今回が初めて。木が鬱そうとしているお庭、木造の建物、都会では味わえない雰囲気でした。
場所をお隣の特別養護老人ホーム「千駄木の郷」に移して、たてもの応援団の伊郷さんより安田邸についてのお話をお聞きする。次回はぜひ建物内部の公開に参加したい。
 ふれあい館まつり    2月16日(日)
「みんなで歌おう」の歌唱指導は文京シティコアの指揮者でもある辻秀幸先生。「歌う時には表情豊かに」ということで先生自らがお手本を。
12月のゴスペルコーラス休止で歌うことから遠ざかっていた私も、先生のユーモア溢れる指導のもと、久しぶりに歌う楽しみを味わいました。
「アルプス一万尺」の手拍子のお手本は子どもたち。私の子ども時代のものより複雑になっていました。テンポが早くなると大人たちは少々混乱気味でしたが、ぼけ防止には良さそうです。
 2.15 ピースアクション in 東京     
               渋谷宮下公園集合
                     渋谷一周ピースパレード                      
1.18のピースデモに引き続き、「世界の人々とともに、イラク攻撃を止めよう」というピースアクションに参加しました。今回の参加者は5000人ということですが、今回は外国人の数が多かったのが印象的でした。
翌日の朝日新聞、毎日新聞ともにロンドンでの100万人パレード(最終的には200万人に達したとの報道も)が一面を飾っており、日本との数の違いを感じました。
せまい宮下公園は次々と集まってくる人たちで一杯に。「ふぇみん」(婦人民主クラブ)の仲間たちを探そうにも人、人、人で見つけるこを諦めところ、偶然船橋邦子さんにお会いしました。その後パレードに移ったときに「ふぇみん」の仲間たちにも合流できました。
今回私はタンバリンを手に入れ、「ふぇみん」の仲間の定塚さんのギターに合わせてタンバリンを叩きながら「もうやめよう、もうやめよう戦争の準備を〜」と歌いながら歩きました。沖縄の三線をひく男性もいつの間にか一緒に。先月の1.15のピースウォーク以上に、今回はそれぞれが思い思いのスタイルで戦争反対の意思表示をしていました。これまでのデモ行進とは大きく様変わり。
      外国人の参加が多いということで、英語のプラカードも数多く見られた。
パレードが終わりブッシュ、フセイン、ラディンの顔写真入りのTシャツを着た「ふぇみん」の仲間等とともに記念撮影
 やってはいけない!図書館の“委託”
         2月15日(土)  文京区民センター 2A 
            主催  東京の図書館をもっとよくする会                   
いよいよ4月から文京区でも3つの図書館でカウンター業務が民間委託になります。給食調理の委託同様「請負」という契約で委託が行われますが、この「請負」では区の職員が委託先の職員に直接指導することは違法になります。また、図書館の仕事はカウンター業務だけを切り離して行うことは到底不可能です。さらに、時給900円にも満たず、研修も十分に行われない委託職員に区民の個人情報保護を求めることも難しいと思います。
 村越まり子と市民の会主催
       “「グループホーム」ってどんなもの?”
              −私たちの老後、私たちで創ろう    2/9(日)
            
老後をこれまで暮らしてきたこの文京区で仲間と支え合いながら暮らしていきたいと考え、今回の村越まり子と市民の会主催の勉強会は江戸川区でグループハウスづくりに取り組んでいる大河内秀人さんにお話をしていただきました。参加者からは痴呆性の高齢者のためばかりでなく、身体障害者や精神障害者のためのグループホームも必要という意見も出されました。
 ふるさと歴史館 記念講演
           昭和の東京・復興小学校の時代
                      小野 一成(戸板学園)  2/8(土)

                       
男女平等センターで行われた講演会と歴史館で行われていた展示会を見学してきました。
関東大震災後、東京市が復興した教育施設、文京区には関口台町小、窪町小、明化小、湯島小、元町小、汐見小、昭和小がありました。これらの復興・改築小学校は東京市の明確な方針のもと、きちんとした規格、名のある建築家の設計、そして大手業者の施行で建築されたとのことです。そして水洗トイレ、暖房設備など、子どものために十分なお金をかけました。
現在元の姿を残しているのは明化小、旧元町小くらいでしょうか。復興小学校や復興橋など、見ただけで時代がわかる建造物が姿を消し、個性がなく、時代を示す建物ものが少なくなっていくことはとても残念ですね。