2004年
  7 月
 7月31日(土)・8月1日(日)
        市民と議員の条例づくり交流会議2004
               「”地方公共団体”から”自治体”へ」    アルカディア市ヶ谷
 自治基本条例やその他の条例を市民と議員がともにつくっていこうということで始められた交流会議は今年4回目とか。
 文京区では今「区民憲章」の策定作業中ですが、「協働・協治」と言った言葉がわかりにくい、この憲章により区民の活動がどのように変わるのかが明確ではないなどの理由から区民の関心が低いのが現状です。条例づくりのこと、そして市民参加をどのように進めていけばよいのかのヒントが得られるのではと、今回、初めて参加しました。 東京近県ばかりでなく、九州からの参加者も。2日間、条例づくりについてじっくりと勉強しました。
一日目
全体会  「条例づくりは、憲法づくり」江橋崇(市民フォーラム代表・法政大学教授)
       「市民自治体への転換」須田晴海(市民立法機構共同事務局長)
分科会 第一分科会「こんな条例いらない!? 安心安全編」
      第二分科会「合意形成ワークショップ体験講座」
      第三分科会「都市計画における市民立法の現状と可能性」
      第四分科会「税財政・予算編成への市民参画」
2日目
 分科会報告
 基調報告ー「自治基本条例の考え方」神原勝(北海道大学大学院法学研究科教授)
 事例報告−川崎市、三鷹市、草加市、多摩市
 江橋先生の話−今回の選挙では憲法改正が争点にならず、国民は年金やイラク問題で投票した。憲法改正については、これからは自民、民主、公明が話し合っていくことになることから、全部を変えるというのではなく、部分ごとに議論することになる。そうなると、専門的にシャープに切り込める人が力を発揮していく。その際、現場を持っていて、そこからシャープに発言してきた人が勝つ。市民運動をつくってきた我々も、論点を示せるのではないか。
 これからは、@地域における民主主義をつくる、つまり、自治基本条例や議会条例が必要。A地域において人権を守っていくために、相談、苦情システム、オンブズパーソンなどをつくることが大切。

 須田晴海さんの話−「公共団体」は公的な権限を与えられた団体であり、権限を与えるのは国である。これからは「公共団体」から市民が自らつくる「市民自治体」(ドイツで生まれた考え)でなければならない。
神原先生の話−市民、市長、職員、議員の4者を再整理するのが自治基本条例であるが、ゼロからスタートするのではなく、自治体がこれで行ってきた成果をまとめれば良い。情報公開、市民参画、そしてオンブズを一つにまとめたものに。自治基本条例により、住民は自分たちの町の運営方法がわかる。首長の市民に対する責任が明確になる、働く職員の仕事のルールが明確になり、政策のレベルが上がる。また、議員の行政に対する監視の基準がないので、ルールができることでレベルアップになり、条例をつくることによるマイナスはない。
 生きた条例にするには、@分かりやすく、簡略にA制度と制度を結ぶものにB抽象的な原則や理念を基本条例で規定し、関連条例の整備を明記するC憲法は国民投票で承認されるように、基本条例も市民投票で確定すべき
三鷹市の事例−基本構想を策定した市民プラン21会議が自治基本条例策定を提言。市民の会が第三次試案を作成し、その後、議会部分策定の祭に議会と意見交換をしたが、大会派は参加せず。市側も職員参加で要綱案をつくり今パブリックコメント中。 草加市の事例−市長がつくった案を1年間議会で議論し、修正をして可決した。市議会が市民参加とまちづくりについてをテーマにオープンセミナーを開催したり、公聴会を開くなど、積極的に進めていった。公聴会には200人の市民が傍聴した。
 暑中お見舞い
 
昨年とはうってかわっての猛暑となり、東京でも39・5度と言う記録的な気温となりましたが、皆さま体調は如何でしょうか。
 私は議員になる前に日本語教師をしておりましたが、その仕事の関係でタイのチェンマイとマレーシアのクアラルンプールにそれぞれ1ヶ月以上滞在しました。(いずれも9月)。先日の39・5度は、その2都市で体験した暑さ以上のものがありました。
  東京の熱帯化、東京湾岸に高層ビル群ができたから等々とも言われていますが、文京区を見ても、シビック周辺を始、次々と高層のマンションが建設されており、これらのビル化が東京の気温に多いに影響を与えていることでしょう。ビルの屋上を緑化することなどでは、ヒートアイランド現象を緩和することなどは到底できないのではないでしょうか。私たち人間が住みやすいまちづくりを、もう一度考えていくべきではないでしょうか。
 7月27日(火) 茗荷谷再開発 意見交換会            大塚区民会館
茗荷谷の環境を考える会主催の茗荷谷地区再開発事業の都市計画案についての説明と質問の会が開かれました。当日は再開発準備組合の関係者、設計を担当した日建設計、そして文京区の都市計画課課長も出席し、2時間余、区民との意見交換を行いました。
 風害について、風洞実験の結果と建築後の状況が違った場合、その責任を誰がとるのかを明確にした協定を結ぶように区は指導をしないかとの質問に対し、区はそのような指導はしないとの回答だった。責任については最終的には、再開発組合解散後は管理組合が引き継ぐとのことだが、予想を超えた風の被害に対しては、植栽を追加するぐらいの対策とのことだった。
 「100メートルビルの一案だけではなく、他の案も出すべきでは」との意見に対し、区側も準備組合が別の案の作成し再度区民に示すことを約束した。
 
ポスターを見ると、100メートルのビル高さとその横を歩く人の対比が良く分かった。茗荷谷駅周辺には窪町小学校、お茶の水女子大学と付属小・中・高校、筑波大学付属小・中・高校、跡見学園等等、多くの学校があり、毎日たくさんの子どもたちがこのビルの横を通って通学することになる。現在も狭い歩道はとても歩きにくい状況ではあるが、再開発により歩道がたとえ広くなって歩きやすくなったとしても、強い風が吹いた時などは子どもたちにとって新たな危険な状況が発生してしまう。
 
 7月22日(木) イラク市民と語る〜私たちにできること
                                         なかのZERO
 イラクで人質となった今井紀明さん、高遠菜穂子さんが開いた集会に参加しました。会場で「メール通信の集会お知らせを読んで親子で参加しました」と知人が声をかけてくれました。情報を発信してよかった。
 人質事件、そして解放の時に「自己責任論」など大きく報道したマスコミの関心はもはやイラクではないのでしょうか。報道のカメラ等は多かったのですが、翌日の新聞各紙の報道は当時とは比べものにならないぐらい小さいものでした。
最初に挨拶をした今井さんの話
 今、日本は平和だが、世界色々な地域で紛争が起こっている。いつか日本にも戦争の状況がくるのではないか。紛争の可能性をとめていくには、政治にも関わらなくてはいけない。
 マスコミは自分の家族のことを「アカ」などと報じた。左翼を異質なものとレッテルをはったり、異質な存在を作り出そうとしている。
 「自己責任論」については、マスコミが増長させたと思う。マスコミが自分の首をしめるようなことをするのは如何なものか。国家が邦人を保護するのは義務である。
 拘束されただけの自分がイラクのことを語るのはおこがましい。今は国内でも関心があることがたくさんあり、それらの現場に行きたい。そして、考える時間がほしい。
 ロビーには高遠さんが行っていたストリートチルドレンの救済活動の様子がパネルで展示されていた。 高遠さんは、ストリートチルドレンの中でもヨーロッパ等のボランティアが敬遠する14−5歳以上の子どもたちの救済活動を主に行っていた。子どもたちは薬の影響からか、しばしば仲間同士で喧嘩をするが、そんなときには身体を張って喧嘩をとめたこともあったとのこと。 大使以上にイラクの人のために働いていたのですね。 イラクから参加のスレイマンさんの話−高遠さんが人質になった時、彼女がやっていることを知っていた人にはとてもショックだった。一人の日本人大使ではなく、たくさんの日本人大使がいて、その一人が高遠さん。彼女が人質になったとき、彼女がどのような活動をしてきたかイラクの新聞が報道し、イラクの人たちは「人質にするんて」と驚いた。高遠さんは泣くが、イラク人は泣かない。なぜなら、35年も苦しんで涙がなくなったから。
 拘束、そして解放の中で傷つき、しばらくは外出することもできなかった高遠さん、やっと東京の集会に出て、拘束前にファルージャやラマディーで行っていた病院に薬を送る活動について、拘束後の気持ちなどを話した。しばしば涙で話が詰まってしまう場面も。挨拶の始に深々と「申し訳ありませんでした」と頭を下げた高遠さんに、会場から「謝ることはない」との声もかけられました。
・バクダッドは支援物資がいきわたっていたが、ファルージャやラマディーでは道路が米軍により封鎖されていて薬が不足していた。病院からのリクエストがあり、それらの薬を運んだ。バクダッドの人たちにさえ、ファルージャの窮状は伝わっていなかった。
・米軍の検問はひどく、病院に行きたいと言うイラク人に対し、「家に帰って死ね」と言い放った。自分たちも怖い検問を受けたが、それはイラク人の比ではなく、ひどい検問を受けたイラク人たちの中には米軍への復讐を誓う者もいた。
・拘束後、私は本当にイラクにいたのか、イラク人と対話していたのかわからなくなった。しばらくしてから、拘束されている間にイラクから届いたメールを読めるようになった。当時のファルージャの悲惨な状況を知ると、自分たちは「拘束」されていたのではなく、安全な砂漠地帯に「疎開」されていたのではないかと実感した。
・イラクの人たちに「アメリカ人は悪い」と言うことはできない。そんなことを言ったら、イラク人の怒りを増長させ、報復に進んでしまい、解決の糸口がみえないから。
・今、イラクでは自分たちでファルージャを再建しようと取り組もうとしているもでてきた。
 会場からの「高遠さんを支えてきたものは」の質問に、宗教ではなく信じているものは「愛」であり、「愛」だけが信じられるものと答えていた。
 最後にイラクの状況等を皆で共有するイラクインターネットへの参加の呼びかけがありました。
 7月14日(水) 介護保険市民オンブズマン・文京
             講演会「アメリカの高齢者福祉」   特養「千駄木の郷」
1 3日に引き続き、高齢者の問題についての勉強会に参加しましたアメリカの医療や高齢者福祉はお金次第と言われており、その点では日本のほうが平等ではないかと思いますが、ソーシャルワーカの位置づけや働きについては、学ぶべき点があるのではないでしょうか。
アメリカで一年間研究されてきた東洋大学の天野マキ先生のお話
・アメリカでは当事者自らが参加し、維持しようというパワーがある。個人生活問題に国家が介入することは違憲だったが、大恐慌以後、国家権力が介入するようになった。その際、ソーシャルワーカーが専門職として介入。ただし、国家の介入はできるだけ少なくする。
・ソーシャルワーカーは、日本とアメリカでは機能が違い、大学院でソーシャルワーカの養成を行っている。アメリカのソーシャルワーカーは自分自身が動くのではなく、ボランティアを確保し上手く動かすのが仕事。また、ソーシャルワーカーたちが在宅支援センターにおける在宅施策のプログラムを作り、企画書を提出し、予算を獲得して事業を進める。
 7月13日(火) 23区民自治の会 「介護保険の見直しについて」
                                         千代田区役所
 23区の無所属議員の仲間との勉強会に参加。今回は厚生省介護保険課長から「介護保険制度のめざす方向について」お話をお聞きしました。
 「幸生朗働笑」と書かれた名刺を出された藤木則夫課長のお話や資料はとてもわかりやすいものでした。しかし「被保険者を20歳以上にすれば、担い手が40歳以上の役6700万人から20歳以上の役10,300万人に増加し、一人当たりの保険料負担は軽減の方向に」と言うお話でしたが、これは数字上の試算でしかすぎないのではないでしょうか。正規雇用を減らし不安定雇用を拡大している状況では、若年者たちが保険料をきちんと払えるとは到底考えられません。年金ばかりでなく、介護保険料も未納者続出になってしまうのではないでしょうか。
 藤木課長のお話の後、千代田区が今年5月に作成した「千代田区で安心して暮らしつづけるために−在宅重視の介護をめざして」を担当した課長から、検討会立ち上げまでの経緯、検討会の進め方などのお話をお聞きしました。文京区の職員とは「やる気」が全く違うのはなぜなのでしょうか。
  7月13日(火) 7月11日の参議院選挙が終わって
 11日の選挙結果は、「予想通り」と言った感がしますが、敗北した小泉首相は相変わらず無責任なコメントを述べ、幹事長など、取りあえず誰も責任を取らないのは「なんでだろう〜」ですね。 
 民主党には年金、多国籍軍への参加、そして子育て支援などなど、様々な課題に真剣に取り組んで欲しいのですが、党内には超右翼の議員や、国会で男女共同参画基本法に反するような質問をする議員、そして、日の丸・君が代を強制させようとする都議会議員など、「玉石混淆」なところが、非常に心配です。 
 平和憲法を安易に改定し、戦争ができる国にしていくことがないよう、そして、教育基本法を「改正」して愛国心などを盛り込み、戦争ができる国のよき国民となるよう教育を進めていかないよう、私たちもしっかりと活動していかなければと思います。 
 それにしても、「厳しい状況」と言われていた福島みずほさんの当選確実が早々と出て、メガホン隊に参加した私としてはホットしました。 
 7月10日(土) ふぇみん婦人民主クラブ大会         ホテル伊豆高原
 沖縄の女性サミットのツアー、南京虐殺の跡を訪ねるツアーなどに参加したことから会員にさせていただき、また、イラク戦争前後の平和集会やパレードでもいつも一緒に行動している婦人民主クラブの大会に参加しました。本当は二日目の分科会にも参加する予定でしたが、40年前に卒業した小学校のクラス会が11日に開かれることになり、11日の朝に帰京するという慌しい日程になりました。
午後2時からの大会までの時間を利用し、伊豆高原にある美術館巡りを。ラリック作の女神のガラス像は、とても凛々しい雰囲気が。 ガレ作のランプ。様々な色合いのランプがありましたが、ブルーの色がとても綺麗。
 平和、教育、環境など、ふぇみんが取り組んでいる幅広い活動−@平和で民主的な社会をめざしてA男女平等・自立社会をめざしてB私たちの求める教育はC持続可能な社会をめざしてD脱原発をめざす活動E高齢者・障害者と福祉F差別のない人権の尊重される社会−について、活動状況の報告がありました。私自身は、ふぇみんの活動にも十分に参加できていませんが、大会の議案書を読み、報告を聞くことで、どの活動も大事な問題であり、また、それぞれが関連していることを実感しました。
 夕食後のひと時は加瀬さつきさん、鈴木昭子さんのお二人からの「とっておきの話」がありました。加瀬さんは高校生の時に村の選挙を告発したことから村八分になり、そのことが映画化されたとのこと。私自身は「村八分」などと言うことは随分昔のことのように思っていましたが、戦後のできごとであったこと、民主教育を受けた加瀬さんが村の選挙について「おかしいことをおかしい」と率直に言ったことが「村八分」になったと言う話は、私にとって、まさに「とっておきの話」であり、大会には一日しか参加できませんでしたが、大きな収穫でした。
 7月7日(水)
7月11日の参議院議員選挙まであと4日となりました。各新聞では自民党の苦戦の状況が書かれています。しかし、自民党には強力な応援団体がおり、その応援団の組織力、結束力は私たちの想像を超えるものです。暑さも厳しくなり、海やプールなどに遊びに行って、投票に行かない人がおおくなれば、組織票の力で自民党が持ちこたえることは十分に考えられます。
 どうぞ7月11日、皆さん選挙に行き、年金問題、多国籍軍の参加について国会軽視、説明責任を果たさない小泉政権に「ノーと」言いましょう。
 7月4日(日)ワールド・ピース・ナウ 
         平和のために投票を! 集会・パレード  
宮下公園・渋谷の街
 平和のための投票で自衛隊撤退を実現させようとワールド・ピース・ナウが企画した集会とパレードに参加しました。集会の時間が近づくにつれ、宮下公園は参加者で一杯に。ピースコンサート、沖縄の辺野古でアメリカ軍基地の測量に反対している人たちの報告、石坂啓さんのスピーチ、韓国のイ・ヨンスンさんからのメッセージなどがありました。投票箱の御輿に引き続き、カラフルに飾りつけをした傘を持ってパレードに参加しましたが、いつもと違い、私たちの横に警察官がぴったりと貼りついていたのが異常であり、印象的でした。
オープニングは「月桃の花」歌舞団による歌 ピースコンサート FLEX LIFE
子どもを持つ石坂啓さんも戦争反対のスピーチ 今回もふぇみんの仲間とカンパ隊として協力
投票箱の御輿を担ぐ武藤中野区議 パレードに手を振る外国人観光客
異常に多かった警察官。盾も持って厳重警備 虹色のピース旗を持ってのパレードもやっと終了
 7月3日(土) 子ども議会
 20年ぶりに行われた子ども議会が本会議場で開かれました。
当日は区内の小学校、中学校から一人づつが議員として参加、子ども議員の質問に対しては、担当の部長、教育長、そして区長から答弁がありました。2時間と言う長い時間、自分の質問が終わったあと、おしゃべりをすることもなく、居眠りをすることもなく、ジーっと座っているのは少々苦痛だったのではないでしょうか。
本会議場を使った今回のような一問一答形式より、教育、厚生など、各委員会ごとに子どもたちと職員が意見を交換できる形式のこども議会を実施してはいかがでしょうか。